アキハバラ奇譚ズ 第4話 『秋は薔薇奇譚』より続く
「編集長! 今度こそ素晴らしい奇譚を発見しました!」とボケ太が編集部に息を切らせながら飛び込んできた。
「もう同人誌の話はこりごりだ。分かっているだろうな」と私は冷めた口調で答えた。
「もちろんです。今回は電気屋ですから、同人誌は関係ありません!」
「ほう、電気屋か」
「そう。アキハバラと言えば電気街。電気屋が軒を連ねる電気の街です! まず駅前に巨大電気屋。メインストリートも巨大な電気屋がずらり。中に入ると、エスカレーターを上がっても上がっても電気屋。隙あれば無数の店員がわらわら寄ってきて欲しくないものまで高く買わされます。この街で電気屋を話題にしないで何を話題にすると言うのですか!」
私は、鉄道模型屋や同人誌屋を話題にした男が何を言うか、と思った。
「で、どんな奇譚なんだ?」
「はい。題して、『荒木羽場奇譚』です。アキハバラのあるところに、向かい合って電気店が2つありましてね。一方の店の店員は、全員名前が荒木さんというのですよ。もう一方の店は、全員羽場さんというのです。不思議でしょう?」
私は、ボケ太は本当に奇譚を探し当てたかも知れないと思った。彼の実力とは思えないが、下手なボケ太も数撃ちゃ当たるのだろうか。
「それで、その電気屋には、他に何か変わったことはないか? 売っている商品が変わっているとか」
「ええ、そこなんですけどね。ざっと店内を見てきましたが、一見普通の家電が並んでいるように見えるのですよ。しかし、よく見ると、どうもおかしいんです」
「ほう。何がおかしいんだ?」
「ブランドの名前がみんな微妙に狂っているんですよ。SOMYとか、HIDACHIとか」
「正規のブランドを名乗れない何か理由があるのか? まさか不正なコピー商品を売っているのか? それとも盗品を誤魔化して売っているとか?」
「それは分かりませんが、店員はちょっと客を警戒している感じで、店員同士だけ親密に心を許している感じでしたね」
「まさか。店員は犯罪行為を隠蔽するために、本名を隠して、みんなで同じ偽名を呼び合っているとか?」
「いえ。そこは確認しました」とボケ太はニヤニヤしながら言った。「全員、本名だそうです。荒木も羽場も、すべて本名です」 「なに、どういうことだ。全員が本名で同じ名前?」
「もちろん、同じと言っても姓だけですよ。名前は違います」
たとえそうだとしても、そんな偶然は考えられない。たとえば、血縁関係の身内だけで運営している店でもなければ……。いや待てよ。
「ボケ太、1つ確認するが、店の規模はどれぐらいだ?」
「荒木さんの店は3メートル四方ぐらい。羽場さんのは間口が2メートルで、奥行き4メートルぐらいかな」
ほう。やはり小さいな。
そこで私はもう1つ質問をした。
「で、従業員は何人いるんだ?」
「荒木さんの店が3人。羽場さんの店は2人ですよ」
「それって、家族でやっている小さな店って奴じゃないのか? で、商品はアジアから輸入した似て非なるブランドの低価格商品。違うか?」
「違いませんとも。最初からそう言っているつもりでしたが、通じてませんでした?」
「通じてるわけないだろ。そんなパパママ電気店の話題など、うちじゃ取り上げないんだよ」私の蹴りが決まって、ボケ太の身体が軽やかに宙を舞った。
「もう一度取材に行ってこい」と私は出口をまっすぐ指さした。
「普通の店では売っていない商品ばかりで面白いのになぁ」と宙を舞ながら他人事のようにボケ太がつぶやいた。
アキハバラ奇譚ズ 第6話 『肋は木奇譚』に続く
(遠野秋彦・作 ©2004 TOHNO, Akihiko)
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